いろいろ大変だった日々が一区切りしてしまいました。
大変だったけど一区切りしてしまうと、大変でもいいからずっと続いてて欲しかったようななんとも言えない気持ちになっています。
いろいろご報告がてら日記を更新したいのですが、久しぶりに風邪を引いてしまい身体がダルダルなので、また後日に…!
大変だったけど一区切りしてしまうと、大変でもいいからずっと続いてて欲しかったようななんとも言えない気持ちになっています。
いろいろご報告がてら日記を更新したいのですが、久しぶりに風邪を引いてしまい身体がダルダルなので、また後日に…!
いろいろ説明聞いたり、対応したりで悲しむ暇がない…!!
だけど気を抜くと涙が出る状態で情緒のジェットコースターが激しい🥲
今日は我慢出来たけど、明日は人前で泣くの我慢出来なさそうで怖い。
とりあえず明日の葬儀をなんとか乗り越えたい…。
だけど気を抜くと涙が出る状態で情緒のジェットコースターが激しい🥲
今日は我慢出来たけど、明日は人前で泣くの我慢出来なさそうで怖い。
とりあえず明日の葬儀をなんとか乗り越えたい…。
寝ようと思ったけど、少しだけモヤモヤしちゃって起きてしまった…。
FF14に関連するお話なので、ここを見ている人に興味ある人はいないと思いますが、少しだけ気持ちを整理するために吐き出させてください。
会話が沢山出てきますが、出てきた会話はすべて私のことを考えてるからこそ出ている言葉なので、その人が私を咎めるために言っているという認識はしないで欲しいです…!
一応、隠します。
Aさんと22日の深夜にFF14内でお話してきました。
私たちのシェアハウスがもうすぐなくなるということで、一緒に最後にSSを撮ろうということでFF14内で会ってきました…!
私の課金は切れていたのですが、Aさんは私の大切なハウスの家具を回収してくれたりと色々してくれたので課金をしてから会いに行こうと思っていたんです。
でも、Aさんが今回くらいしかインしないのなら課金はもったいないから、キリュウさんさえ大丈夫なら、新しいカウントを作ってフリートライアルでインしてみたら?と言われ、(あ、確かにそれはいい考えかも!)と思って、新しいアカウントでフリートライアルとしてキャラを作って、少しだけメインを進めてシェアハウスでお話&撮影会してきました。
撮影会は楽しく終わったのですが、その後のお話でAさんに今のFCをサブマスターさんにずっと任せて、私と一緒にFCを作ってこれから過ごさないかという旨の話をされました。
Aさんは私がFCを大切にしていることを知っている(むしろそのことで喧嘩もしました)ので、そんなことを言うなんてビックリしてしまって…。
それで「休止中にこうしてAさんと時々エオルゼアで話す手段としてこのキャラを使うことは全然大丈夫なんだけど、FCを捨ててAさんと一緒にFCをするのは、待っていてくれてる皆を裏切ることになるから出来ない…」と自分なりの言葉で伝えたんですけど、「キリュウさんは本当にエオルゼアに戻ってくるつもりだった…?」と聞かれ、(ああ…Aさんには伝わってたんだな…)とビックリしつつも、素直に「父の介護が長引いて、皆の中で私という存在が必要なくなったら、もう戻らなくていいなとは思ってたよ」と伝えました。
そうしたら、「じゃあ、キリュウさんはもうFCの人を裏切ってたんだよ」って言われて、最初考えが回らなくて混乱しちゃって何も言葉が出てこなくて無言になってしまったんですけど、「キリュウさんはもう戻らないという可能性を自分の中で抱きながら休止を決めて、でも、「休止」って言って、戻ることを期待させた。その時点でもう、期待を裏切ってると思うんだ」と続けて言われました。
その言葉を聞いて、すごくショックでした。
その後にAさんが「私とFCをすることで皆を裏切るって思ってるんだろうけど、開き直って裏切っちゃえばいいんだよ」と言われたんですけど、やっぱり私はAさんとFCは出来ないとお断りはしました。
Aさんは私が今辛い環境にあって、どうにかエオルゼアに繋ぎとめておかないともう私がエオルゼアに戻ってこないと思っています。
だからきっと、私の事を想って言ってくれてるのは本当に疑いのないくらいわかっています。
だけど、やっぱり私はFCの人が好きなんだろうな…。
何度も私の気持ちを明るくしてくれて来た、みんなが本当に好きなんです。
だからその人たちを裏切っていると言われて、悲しくなりました。
FCの話はAさんもこれ以上しても進まないと思ってくれたみたいで、少しだけ頭の片隅にそういう選択もあるって置いておいてと言われ終わったのですが、その後にキリュウさんはFCのためとか以外にサブキャラ作ったことないの?と聞かれ、私の大切な思い入れのあるサブキャラのことを言おうと思ったのですが、言ったらAさんが怒っちゃいそうなので黙っておくことにしました。
そのサブキャラも一緒にやってくれている人がいるのですが、結局私はその人も含め休止という言葉で裏切っていたのかな…と思うと落ち込みます…。
ものすごい気遣いの人だから、多分すごくしんどい中サブキャラしてくれてたと思うんです…。
気を遣わずにもうサブキャラしなくていいよと伝えたいですが、連絡するのは迷惑だろうなと勇気が出ず日にちだけが経つという…苦笑
このことでAさんのことを嫌いになったとはでは決してないんです。
Aさんはただただ私のことを想って言ってくれてるだけ。それにショックを受ける自分も、Aさんの提案に乗り気になれない自分も、本当に恩知らずだなぁと落ち込んだという話でした…!畳む
FF14に関連するお話なので、ここを見ている人に興味ある人はいないと思いますが、少しだけ気持ちを整理するために吐き出させてください。
会話が沢山出てきますが、出てきた会話はすべて私のことを考えてるからこそ出ている言葉なので、その人が私を咎めるために言っているという認識はしないで欲しいです…!
一応、隠します。
Aさんと22日の深夜にFF14内でお話してきました。
私たちのシェアハウスがもうすぐなくなるということで、一緒に最後にSSを撮ろうということでFF14内で会ってきました…!
私の課金は切れていたのですが、Aさんは私の大切なハウスの家具を回収してくれたりと色々してくれたので課金をしてから会いに行こうと思っていたんです。
でも、Aさんが今回くらいしかインしないのなら課金はもったいないから、キリュウさんさえ大丈夫なら、新しいカウントを作ってフリートライアルでインしてみたら?と言われ、(あ、確かにそれはいい考えかも!)と思って、新しいアカウントでフリートライアルとしてキャラを作って、少しだけメインを進めてシェアハウスでお話&撮影会してきました。
撮影会は楽しく終わったのですが、その後のお話でAさんに今のFCをサブマスターさんにずっと任せて、私と一緒にFCを作ってこれから過ごさないかという旨の話をされました。
Aさんは私がFCを大切にしていることを知っている(むしろそのことで喧嘩もしました)ので、そんなことを言うなんてビックリしてしまって…。
それで「休止中にこうしてAさんと時々エオルゼアで話す手段としてこのキャラを使うことは全然大丈夫なんだけど、FCを捨ててAさんと一緒にFCをするのは、待っていてくれてる皆を裏切ることになるから出来ない…」と自分なりの言葉で伝えたんですけど、「キリュウさんは本当にエオルゼアに戻ってくるつもりだった…?」と聞かれ、(ああ…Aさんには伝わってたんだな…)とビックリしつつも、素直に「父の介護が長引いて、皆の中で私という存在が必要なくなったら、もう戻らなくていいなとは思ってたよ」と伝えました。
そうしたら、「じゃあ、キリュウさんはもうFCの人を裏切ってたんだよ」って言われて、最初考えが回らなくて混乱しちゃって何も言葉が出てこなくて無言になってしまったんですけど、「キリュウさんはもう戻らないという可能性を自分の中で抱きながら休止を決めて、でも、「休止」って言って、戻ることを期待させた。その時点でもう、期待を裏切ってると思うんだ」と続けて言われました。
その言葉を聞いて、すごくショックでした。
その後にAさんが「私とFCをすることで皆を裏切るって思ってるんだろうけど、開き直って裏切っちゃえばいいんだよ」と言われたんですけど、やっぱり私はAさんとFCは出来ないとお断りはしました。
Aさんは私が今辛い環境にあって、どうにかエオルゼアに繋ぎとめておかないともう私がエオルゼアに戻ってこないと思っています。
だからきっと、私の事を想って言ってくれてるのは本当に疑いのないくらいわかっています。
だけど、やっぱり私はFCの人が好きなんだろうな…。
何度も私の気持ちを明るくしてくれて来た、みんなが本当に好きなんです。
だからその人たちを裏切っていると言われて、悲しくなりました。
FCの話はAさんもこれ以上しても進まないと思ってくれたみたいで、少しだけ頭の片隅にそういう選択もあるって置いておいてと言われ終わったのですが、その後にキリュウさんはFCのためとか以外にサブキャラ作ったことないの?と聞かれ、私の大切な思い入れのあるサブキャラのことを言おうと思ったのですが、言ったらAさんが怒っちゃいそうなので黙っておくことにしました。
そのサブキャラも一緒にやってくれている人がいるのですが、結局私はその人も含め休止という言葉で裏切っていたのかな…と思うと落ち込みます…。
ものすごい気遣いの人だから、多分すごくしんどい中サブキャラしてくれてたと思うんです…。
気を遣わずにもうサブキャラしなくていいよと伝えたいですが、連絡するのは迷惑だろうなと勇気が出ず日にちだけが経つという…苦笑
このことでAさんのことを嫌いになったとはでは決してないんです。
Aさんはただただ私のことを想って言ってくれてるだけ。それにショックを受ける自分も、Aさんの提案に乗り気になれない自分も、本当に恩知らずだなぁと落ち込んだという話でした…!畳む
昨日は母の誕生日でした!
父から20日に連絡があって、病院に来るときにケーキを買ってきてほしいとのことだったので、気合入れてケーキ買いました!(`・ω・´)
妹も20日の夕方帰る予定にしていたので、1日早いけど20日に病院で母の誕生日をみんなでお祝いしました!
母は自分が関係する記念日も忘れっぽくて、父はそういうのは絶対に覚えているタイプなので、今年も無事に父から母へのサプライズが成功しました!
父が「もしかしたら皆でお祝い出来る最後の年かもしれんから」とか言うので、妹と私でめっちゃくちゃに来年のお祝いしなきゃいけない予定をいっぱい詰め込んで、「来年もお父さんが居なきゃ盛り上がらないので気合入れておいてください!」と伝えておきました!笑
明日は父の小学生の頃からの友人が大阪からお見舞いに来てくれるみたいです。
きっと父もすごく嬉しいだろうな。
我が父ながら小学生の頃の友人が今でも交流できているって本当にすごいなぁ…。
私も一人だけ小学生の頃からの親友はいますが、やっぱり住んでいる県が違うと会う機会も減るから、こうして50年以上の交流が出来ているって純粋に羨ましいなって思いました。
父から20日に連絡があって、病院に来るときにケーキを買ってきてほしいとのことだったので、気合入れてケーキ買いました!(`・ω・´)
妹も20日の夕方帰る予定にしていたので、1日早いけど20日に病院で母の誕生日をみんなでお祝いしました!
母は自分が関係する記念日も忘れっぽくて、父はそういうのは絶対に覚えているタイプなので、今年も無事に父から母へのサプライズが成功しました!
父が「もしかしたら皆でお祝い出来る最後の年かもしれんから」とか言うので、妹と私でめっちゃくちゃに来年のお祝いしなきゃいけない予定をいっぱい詰め込んで、「来年もお父さんが居なきゃ盛り上がらないので気合入れておいてください!」と伝えておきました!笑
明日は父の小学生の頃からの友人が大阪からお見舞いに来てくれるみたいです。
きっと父もすごく嬉しいだろうな。
我が父ながら小学生の頃の友人が今でも交流できているって本当にすごいなぁ…。
私も一人だけ小学生の頃からの親友はいますが、やっぱり住んでいる県が違うと会う機会も減るから、こうして50年以上の交流が出来ているって純粋に羨ましいなって思いました。
父の一時帰宅の件を昨日書いたのですが、先生からお話があるということで本日病院に行ってきました。
間質性肺炎の値がひどいため、それを治すまでは退院は無しで無期限の入院ということになりました。
今の使っている不整脈の薬の影響で間質性肺炎を起こし、それを治すためには不整脈の薬の中止を余儀なくされ、薬を無くす影響で心臓が悪くなる可能性、そして薬に抗体があったために無くすと癌の進行が早まる可能性を伝えられました。
しかし、今使っている父の抗がん剤も間質性肺炎を起こす可能性の高いもので、肺炎を起こした場合はもうこの薬で治療は再開できないとのことです。
先生から「今の抗がん剤が使えないから、肺炎の治療を無視して退院した後通院して効きの悪い抗がん剤治療をしたうえで余生を過ごすか、今の病院に入院したまま間質性肺炎の治療を優先して、抗がん剤が使えるかどうかを検討しながら余生を過ごすか」という2択を提案されました。
父に内緒にして欲しいということだったけど、今回はもう聞いてもらわないといけないと思うので今日は皆さんでお話を聞いてくださいと言われた時点で悪い予感はしていましたが、先生の口から余生を過ごすという言葉を聞いて、すごく落ち込みました。
今まで治ると思っていた父の落胆がすごくて、本当に胸が痛かったです。
「お父さんは今までも心臓でもうダメだ、みたいに言われてもこうして生きてるんだから、今回もきっと大丈夫だよ」と精一杯の言葉はかけましたが、心ここにあらずな感じだったので、聞こえてなかったかもしれないです。
こういうとき気に聞いた言葉をかけれる人間になりたいって本当に思います。
家に帰宅して、もう涙でそうなくらい落ち込んでいた時にスマホを見たら、FF14のFCメンバーさんからDMが来ていて、もしかしてFC抜けるっていうメッセージかなってドキドキしながら読んだら私の近況を気にしてくれる内容で、我慢してた涙が出てきちゃったし、心がすごく温かな気持ちで包まれました。
その方は昔から本当に気遣いの達人で、FCマスターをし始めたときからメンバーさんへの気遣いの対しての教えを学んだ方でもあるのです。
その時に教えてくれた優しさは今でも健在なんだなって、DMを読んでなんだか嬉しくなりました。
私が休止してからその方もFF14をお休みしているらしく、じゃあもしかしたら7.3のコンテンツもお互いに初見で一緒にクリアすることも出来るかもですね!笑と返したら、また一緒にIDに行きましょうと返してくれて、すごく嬉しかったです。
父と一緒に過ごせる期間どれくらいなんだろう…とかすごく不安になりますけど、ずっと考え込んでても悪い考えにしか行かないだろうし、適度に絵を描いたりゲームしたりして楽しい気持ちを自分の中に取り込みながら過ごしていきたいと思います。
毎度父の治療経過日記みたいになって申し訳ないです…!
きっとまだ色々続きますが、読まなくても大丈夫な日記ですのでどうかお許しを…!
間質性肺炎の値がひどいため、それを治すまでは退院は無しで無期限の入院ということになりました。
今の使っている不整脈の薬の影響で間質性肺炎を起こし、それを治すためには不整脈の薬の中止を余儀なくされ、薬を無くす影響で心臓が悪くなる可能性、そして薬に抗体があったために無くすと癌の進行が早まる可能性を伝えられました。
しかし、今使っている父の抗がん剤も間質性肺炎を起こす可能性の高いもので、肺炎を起こした場合はもうこの薬で治療は再開できないとのことです。
先生から「今の抗がん剤が使えないから、肺炎の治療を無視して退院した後通院して効きの悪い抗がん剤治療をしたうえで余生を過ごすか、今の病院に入院したまま間質性肺炎の治療を優先して、抗がん剤が使えるかどうかを検討しながら余生を過ごすか」という2択を提案されました。
父に内緒にして欲しいということだったけど、今回はもう聞いてもらわないといけないと思うので今日は皆さんでお話を聞いてくださいと言われた時点で悪い予感はしていましたが、先生の口から余生を過ごすという言葉を聞いて、すごく落ち込みました。
今まで治ると思っていた父の落胆がすごくて、本当に胸が痛かったです。
「お父さんは今までも心臓でもうダメだ、みたいに言われてもこうして生きてるんだから、今回もきっと大丈夫だよ」と精一杯の言葉はかけましたが、心ここにあらずな感じだったので、聞こえてなかったかもしれないです。
こういうとき気に聞いた言葉をかけれる人間になりたいって本当に思います。
家に帰宅して、もう涙でそうなくらい落ち込んでいた時にスマホを見たら、FF14のFCメンバーさんからDMが来ていて、もしかしてFC抜けるっていうメッセージかなってドキドキしながら読んだら私の近況を気にしてくれる内容で、我慢してた涙が出てきちゃったし、心がすごく温かな気持ちで包まれました。
その方は昔から本当に気遣いの達人で、FCマスターをし始めたときからメンバーさんへの気遣いの対しての教えを学んだ方でもあるのです。
その時に教えてくれた優しさは今でも健在なんだなって、DMを読んでなんだか嬉しくなりました。
私が休止してからその方もFF14をお休みしているらしく、じゃあもしかしたら7.3のコンテンツもお互いに初見で一緒にクリアすることも出来るかもですね!笑と返したら、また一緒にIDに行きましょうと返してくれて、すごく嬉しかったです。
父と一緒に過ごせる期間どれくらいなんだろう…とかすごく不安になりますけど、ずっと考え込んでても悪い考えにしか行かないだろうし、適度に絵を描いたりゲームしたりして楽しい気持ちを自分の中に取り込みながら過ごしていきたいと思います。
毎度父の治療経過日記みたいになって申し訳ないです…!
きっとまだ色々続きますが、読まなくても大丈夫な日記ですのでどうかお許しを…!
父の自宅での動きを見るために、本日父が一時帰宅しました!
父の様子を見るべく妹と姪っ子も昨日帰ってきてくれて、父の様子をみんなで見ることが出来ました。
父が自宅に帰ってきたのが、13時30分頃だったのですが、家での動きを見るための作業が終わったのが15時30分でした。
その際に動いた場所は、車を降りてから玄関に入り、一階のリビング、父の病状を考えあまり動かなくても大丈夫なように置いたリビング端の父のベッド、リビングを出てからすぐのトイレとお風呂場です。
実際に父の自宅での動きを見て私が思ったのは、入院前の父の動きとは思えないくらい動けなくなっているな、でした。
まず車から降りて玄関に入ってから10分ぐらい休憩をしてからじゃないとリビングへ向かえなかった(向かうのも先生の介助付でないと無理でした)のを見て、妹はものすごい衝撃を受けていました。
私も入院前にゆっくり動きながら移動していたのは今までも見ていましたが、肩で息しながら休んでいる姿を見るのは少やっぱりショックを隠せなかったです。
病院のリハビリの先生、担当医に報告するための方、父担当のケアマネージャーさん、介護用品のレンタル業務を請け負っている会社の方の4名で来られたのですが、父は結構人前では格好つけるタイプというか、しんどくても大丈夫なように言うタイプなので今回もその4名の方には「そんなに辛くない」とか言ってましたが、明らかにそんな風に誰も見えていなくて、ケアマネージャーさんとレンタル業務会社の方が「思ったよりだいぶ悪そうだ…」と小さな声で話しているのを聞いて、やっぱり誰が見ても悪いんだなぁと実感してしまいました。
体重はだいぶ落ちた父ですが、元々の体格が大きいため母では多分介助は難しいと思うのでどうにか私ひとりで介助したいと思っていたのですが、そのことをケアマネージャーさんに聞くと、やはりそれは難しいと言われました。
筋力が落ちて動けない人が動こうとしたときにかかる介助人への負担はすごいものらしくて、特に体格の良い人は平均的な体格の人よりも負担がだいぶ違うと教えてもらいました。
そうなるとどうしたらいいんだろう…ってなって、色々アドバイスをもらったのですがやはり介護用品のレンタルでした。
リビング入口から父のベッドへの床設置型の手すりや、段差を上がるときのために使う突っ張り棒を設置したり、今のベッドではなく医療用のベッドにするなどを提案されました。
説明を聞くと、つけてみて要らないなってなった介護用品は返却可らしく、とりあえず一回使ってみようということでその場は解決しました…!
ただそれでも父が転ばないかとかそういう見守りは必要だし、なるべくの時間を同じ空間で過ごしてあげてくださいとのことでした。
あとは病院関係者の方が仰るにはもう父は退院しても病院以外は極力外に出ない方が良いらしく、しばらくは病院のみの外出にしてもらって車いすは病院にあるので車いすのレンタルはしなくてもとりあえずは大丈夫だと思いますとのことで、車いすのレンタルはなくなりました。
ただ、リハビリの先生と介護用品会社の方が「今は体が最悪の状態の時に動けるようにするためのことを考えて色々提案しているので、これからのリハビリでも状況は変わってくるので、しっかりリハビリ頑張って良い方に行きましょう!」とおっしゃってくれて、その場に居たキリュウ家全員の空気が少しだけ柔らかいものになったのですごくありがたかったです!
それと今回の自宅介助の話とは別になるのですが、父が一週間以上発熱が続いてるらしく、癌が進行するとそういう症状も出る場合があるようで心配してくれた担当の先生が診察を早めるように予約を取り直してくれました。
9月初めから8月の最後の週になったので、少し私たちもホッとしています。
とりあえずどんな結果になったとしても、父が不安に思うような生活だけはしたくないと思うで、私もいっぱいいっぱい頑張るぞー!!
父の様子を見るべく妹と姪っ子も昨日帰ってきてくれて、父の様子をみんなで見ることが出来ました。
父が自宅に帰ってきたのが、13時30分頃だったのですが、家での動きを見るための作業が終わったのが15時30分でした。
その際に動いた場所は、車を降りてから玄関に入り、一階のリビング、父の病状を考えあまり動かなくても大丈夫なように置いたリビング端の父のベッド、リビングを出てからすぐのトイレとお風呂場です。
実際に父の自宅での動きを見て私が思ったのは、入院前の父の動きとは思えないくらい動けなくなっているな、でした。
まず車から降りて玄関に入ってから10分ぐらい休憩をしてからじゃないとリビングへ向かえなかった(向かうのも先生の介助付でないと無理でした)のを見て、妹はものすごい衝撃を受けていました。
私も入院前にゆっくり動きながら移動していたのは今までも見ていましたが、肩で息しながら休んでいる姿を見るのは少やっぱりショックを隠せなかったです。
病院のリハビリの先生、担当医に報告するための方、父担当のケアマネージャーさん、介護用品のレンタル業務を請け負っている会社の方の4名で来られたのですが、父は結構人前では格好つけるタイプというか、しんどくても大丈夫なように言うタイプなので今回もその4名の方には「そんなに辛くない」とか言ってましたが、明らかにそんな風に誰も見えていなくて、ケアマネージャーさんとレンタル業務会社の方が「思ったよりだいぶ悪そうだ…」と小さな声で話しているのを聞いて、やっぱり誰が見ても悪いんだなぁと実感してしまいました。
体重はだいぶ落ちた父ですが、元々の体格が大きいため母では多分介助は難しいと思うのでどうにか私ひとりで介助したいと思っていたのですが、そのことをケアマネージャーさんに聞くと、やはりそれは難しいと言われました。
筋力が落ちて動けない人が動こうとしたときにかかる介助人への負担はすごいものらしくて、特に体格の良い人は平均的な体格の人よりも負担がだいぶ違うと教えてもらいました。
そうなるとどうしたらいいんだろう…ってなって、色々アドバイスをもらったのですがやはり介護用品のレンタルでした。
リビング入口から父のベッドへの床設置型の手すりや、段差を上がるときのために使う突っ張り棒を設置したり、今のベッドではなく医療用のベッドにするなどを提案されました。
説明を聞くと、つけてみて要らないなってなった介護用品は返却可らしく、とりあえず一回使ってみようということでその場は解決しました…!
ただそれでも父が転ばないかとかそういう見守りは必要だし、なるべくの時間を同じ空間で過ごしてあげてくださいとのことでした。
あとは病院関係者の方が仰るにはもう父は退院しても病院以外は極力外に出ない方が良いらしく、しばらくは病院のみの外出にしてもらって車いすは病院にあるので車いすのレンタルはしなくてもとりあえずは大丈夫だと思いますとのことで、車いすのレンタルはなくなりました。
ただ、リハビリの先生と介護用品会社の方が「今は体が最悪の状態の時に動けるようにするためのことを考えて色々提案しているので、これからのリハビリでも状況は変わってくるので、しっかりリハビリ頑張って良い方に行きましょう!」とおっしゃってくれて、その場に居たキリュウ家全員の空気が少しだけ柔らかいものになったのですごくありがたかったです!
それと今回の自宅介助の話とは別になるのですが、父が一週間以上発熱が続いてるらしく、癌が進行するとそういう症状も出る場合があるようで心配してくれた担当の先生が診察を早めるように予約を取り直してくれました。
9月初めから8月の最後の週になったので、少し私たちもホッとしています。
とりあえずどんな結果になったとしても、父が不安に思うような生活だけはしたくないと思うで、私もいっぱいいっぱい頑張るぞー!!
死に対する話題なので苦手な方などはこの日記は読まなくて大丈夫です。そしてとてつもなく長い内容です。
8月27日の午前に父がこの世を去りました。
前日のお昼から夕方にかけて私、母、妹、姪っ子、そして父の様子を見にこちらに来ていた祖母と一緒に病室で父と話して、まだ父が死んでしまうなんて気持ちの準備も出来ていない、そんな突然のことでした。
帰り際、父は退院した後のことを口にしていたし、私も「退院したら抗がん剤を使うために通院だから、またお父さんが過ごしやすいように部屋を整えとく!」と言って、明日も来るね!と伝えて握手をして、少し冷たい父の手が不思議なこととも思わず帰宅してしまいました。
亡くなる前日に間質性肺炎の新たな治療を試みて、次の日(27日)に効果が出るのを待っているように先生に言われ、でもいつどうなるか分からない状態なのでいつでも電話に出れるようにしておいてくれと伝えられました。
でも、その日の夜に電話がかかってこなかったから、私たち家族はどこか安心してしまっていて。
今までもそうやって死にかけても回復してきたのが父だったので、悪い意味でそういう言葉に慣れてしまっていました。
次の日の朝6時前に電話がかかってきたのに気づいたとき、どうか病院じゃありませんようにと願いましたが、その願いも叶わずでした。
その電話で看護師さんが血中酸素が機械の最大を使っても80%しか保てないので、いつどうなってもおかしくないので、本日中に来れるときでいいので病院に来てくださいとのことでした。
私が今すぐ行ってもいいですか?と聞くと、看護師さんが少し驚いたように「来れそうなら来てもらっても大丈夫ですが、お食事とかされてからでも大丈夫ですよ」みたいに言ってくださったので、ほんの少しだけでも父はまだ大丈夫なんだと思ってはいけないのに、思ってしまいました。思ってしまったんです…。
大丈夫と心に言い聞かせながらも、すぐに家を出ることにし祖母はどんなに起こしても起きなかったので、母と私で病院に向かいました。
その間に妹にも電話をして、妹も私と同じく父がすぐ亡くなるとは思わず、姪っ子にご飯あげてからすぐ向かうね!という感じでした。
病院までは車で急いでも40分かかってしまうのですが、その間にも病院からの電話がなかったので安心していたのですが、走って母と病室に行く途中で、「瀬戸さん!聞こえますか!?」という声が聞こえて、自分の中から血の気が引くのが分かりました。
病室についたとき、父はもう意識を失っている状態でした。
ただ、息はまだかすかにしていて、看護師さんも「数分前まで喋っていたんです。まだ声は聞こえると思います、呼びかけてあげてください」と言われ、母と一緒に沢山呼びかけました。
私が「お父さん、息しなきゃ!吸って吐くんだよ!」と声上げると、口が吸うように動き、その後にちゃんと吐くように動いて、でもその後に何度声をかけても口も動かなくなってしまいました。
その間もあきらめきれず、母とずっと声をかけ続けていたのですが、いつ父が私たちの声を聞こえなくなったかは分かりません。
妹が着いたときにはもう父は動かなくなっており、ずっと妹が泣きながらご飯を旦那に任せてすぐ来ればよかったと後悔の言葉を口にしていて、本当につらくて胸が痛かったです。
担当の先生の到着に時間がかかっているとのことで、死亡判定が出たのが私たちが着いてから随分経ってからだったのですが、死亡時間と亡くなった旨を伝えられた時は頭に何も入らなかったです。
でも、そんな状態でも死亡後はすぐに葬儀屋さんを探さないとでしたし、母は心身ともに辛そうだったので、妹と私でやろうということで、葬儀屋さんを探して、遺体を葬儀場に運んでもらってとかの手配をしました。
その際に、祖母に父の死を伝えると、「なんで起こしてくれなかったんだ!」とすごく怒られましたが、祖母の怒る気持ちはすごく分かるけど、起こしても起きなかった旨を伝え、その時に家を出ていなかったら父は家族のだれの声も聞こえずに一人で亡くなっていたかもしれないと伝えて、本当にごめんなさいと謝ると、祖母もすぐに許してくれました。
葬儀屋さんを待っている間に看護師さんから意識を失う前の父の様子を聞くと、家に帰りたいと言っていたことや、意識を失う直前まで家族の名前を言っていたらしいです。
そのことを聞いて、辛すぎてどうして前日の夜に病室に泊まる選択肢が思い浮かばなかったんだろうとずっと母と妹と一緒に後悔ばかりしてしまいました。
葬儀屋さんと、会場で葬儀の通夜とお葬式の日にちを27日に決めた後、妹が看護師さんの話を思い出したみたいで、「会場に運んでもらった後にこんなことを言うのは大変申し訳ないと思うのですが、父が亡くなる前に家に帰りたがっていたのですが、通夜までどうにか家に父を置いておくことはできないでしょうか?」と葬儀屋さんに伝えていて、私はそうしてあげたいという気持ちもすごくあったのですが、そんなイレギュラーな要望は葬儀屋さんにとって迷惑だなとも思ってしまい、前向きに妹に同意できなくて傍で聞くことしかできなかったのですが、最初は困っていた葬儀屋さんも妹の諦めなさに根負けして、上の方に聞いていただいた結果、通夜まで家に置くのは準備など色々あるので、家の外に遺体を連れて行って、少しだけその場にとどまるという形でも良いですか?と言ってくれ、無事最後に父を家に連れて帰ることが出来ました。
でも、遺体を運んだ時は私の地域は大雨で、なんでこんな時に降るんだー!と妹と嘆いていたのですが、のちにお葬式に来た方に聞いたら、その大雨の後、私の県では大きな虹がかかったらしいです。
その人が「もしかしたらお父さんが天国に行けるように、虹の橋をかけてくれたのかもね」って言ってくれて、すごく嬉しかったのと同時に無理を聞いてくれた葬儀屋さんや、無理かもと思ってもあきらめずに交渉してくれた妹にすごくありがとうの気持ちでいっぱいでした。
通夜と葬儀は慣れない対応や、父を亡くして心身共に疲弊してしまっているために、来てくださった方の親切からの言われた少しの言葉も矢のように突き刺さってしまったりしてすごく考えなくてもいいことまで考えてしまって悲しくなってしまったりもしてしまいましたが(普段は何も思わないのに、長女さんのお孫さん見れなくてお父さんは悲しがってますねとか諸々結婚関連の話題が結構しんどかった…)、その度葬儀屋さんが親身になって寄り添ってくれて本当に家族一同助かりました。
亡くなった病院は大きな病院だったのですが、その前に入院していた病院で父の主治医をしてくれていた先生は、父とは大学からの知人だったらしく、「お父さんがどんなに治療を頑張っていたかを葬儀でみんなに伝えたいのですが」と言ってくださったので、参列者代表としてご挨拶いただいたのですが、その言葉が本当に素晴らしくて…というか、父が本当に今まで頑張っていたこと、父の前向きさなど色んな事が思い出されるようなお言葉で、我慢していた涙がついに我慢できなくなり、嗚咽を吐きながら泣いてしまいました。
火葬場では以前祖父が亡くなった時、祖母が火葬ボタンを押した記憶があって、母がそれをしたらショックで何か壊れてしまいそうな気がして、私が火葬ボタンを押すからねと伝えていたのですが、火葬ボタンは職員さんが押してくれて少しだけホッとしました。
姪っ子が、火葬場のところで「じぃじ!」と何度も呼ぶことがあって、父がまだそこで見守ってくれているのかなと思うと、なんだか心が不思議と温かくなりました。
29日に葬儀も無事に終わって、手続きもしなきゃなのに、葬儀の次の日に風邪をひいてしまって今も咳と鼻水が出てる状態で、熱も出たり引いたり繰り返してて、電話やネットの手続きしかできない状態で情けないです…。
とりあえず、スマホ解約など諸々の手続きはありますが、法的な手続きは今日でほんの少しだけ落ち着きそうなので、近々また自分の心を明るくするためにも、息抜きをしていきたいなと思います。
葬儀で挨拶をしてくださった主治医の先生が、葬儀後に送ってくれた父が家に帰ったあとに出た虹の写真で締めくくります。
その先生曰く、四十九日までは父はこの世にいるらしいので、色々好きな食べ物作ったり、仏壇に話しかけたりしようかなって思います。
こんな暗い長々日記を読んでくださった方がいましたら、本当にありがとうございます…!
まだまだ心の整理には時間がかかりそうではありますが、父のことはこの記事で一区切りにして、次からは明るい内容をお届けしますね…!
父の心配をしてくださったすべての方に感謝を込めて。